読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

就職で失敗した東大生が挫折を乗り越える話〜就職できない東大生のリアル〜

就職で失敗し、挫折した東大生が日々もんもんと考えたことを書いたブログです。国家公務員志望でエリートコースを歩む→上手くいかず人生に行き詰まり、一転負け組に→切り替えて民間就活を始め、ITベンチャーに内定、社会にもまれ生きて生きる決意をする、そんな東大生のリアルなつぶやきです。

コミュ障東大生の最強処世術 —人と関わるのが苦手なわりにリア充な私の、人間関係戦略−[1]

[1]コミュニケーションに対する認識を変える

 『コミュ障東大生の最強処世術』第1回では、「コミュニケーションに対する認識を変える」というテーマで、

  • コミュニケーションは、充実した人生を生きるための道具である
  • コミュニケーション以前に、自立したひとりの人間であることをより重視する

という、自分独自の視点について詳しく書きたいと思います。

 

 まず、導入として、私がなぜその姿勢をとるに至ったのか、軽く触れていきたいと思います。

 私は、高校時代、しっかりと友人をたくさん作って、集団に適応していきたいと考えていました。中学のときに孤立しがちだったことを反省し、いわゆる高校デビューをしたいと思っていたのです。進学校に合格し、同じくらいの偏差値の人間が集まった場ならば、浮かずにうまく周囲に溶け込めると信じていました。そのため、高校では、自分から積極的に声をかけて友達を増やそうと行動しました。それまでは、一部の親しい人としか仲良くできなかったので、これをきっかけにクラスのどの人とも仲良くできるような人間に変わろうと努力しました。

 しかし、その努力は実りませんでした。自分から話しかけても、目立たない私から声をかけられて喜ぶ人は残念ながらあまりいませんでしたし、いろんな人と仲良くしようと八方美人になってしまい、結局親しい友人を作ることができませんでした。また、所属していた部活動では、積極的に行動したことで、逆に強い態度に出すぎてしまい、周囲との関係を悪化させることになりました。それがきっかけで、人と関わることがいやになり、抑鬱状態にまでなってしまいました。

 そのように過ごしていく中で、私は、「アスペルガー症候群」という、知的に遅れがなくても、コミュニケーション能力に生まれつき問題がある人達がいることを知りました。自分はひょっとしたらそれではないかと思い、ネットや本で調べたり、人から話を聞いたりするようになりました。それにより、自分がコミュニケーション能力に問題があるのは生まれつきだから、いくら人と同じように努力してもだめなのだということを悟りました。(実際は自分はアスペルガー症候群ではなく、「自閉症スペクトラム」というものだと後にわかりました。)

 しかし、自分にとっては、そこで、いったんふっきれてしまったことがその後、人との関わり方を大きく改善していくきっかけとなりました。いくら周囲をうらやんでも、絶対に自分は人と同じように過ごすことはできないのだから、自分独自のやり方で、人とは比較せずにやっていこう。できないことを嘆くのではなく、小さくてもいいから自分にできることをやっていこう。そう、切り替えて変わっていくことができるようになりました。

 

 このような経緯で、独自の前提に立って、人間関係の戦略を構築していくことになりました。この独自の視点について、以下で詳しく述べようと思います。

 

⑴コミュニケーションは、充実した人生を生きるための道具である

  これは、コミュニケーションは、充実した豊かな人生を歩むための、また人生に勝つための道具であると、わりきってしまうという意味です。

 

 すなわち、コミュニケーション自体を目的とした生き方を捨てるというスタンスであるといえます。

 

 私は、上記の理由でコミュニケーション能力について諦め、他に生きがいを見出すことにしました。それは、目標を設定して、それを目指す努力に全力を傾けることでした。そして、コミュニケーションはその目標を達成するための道具なのだと、だから道具として最低限機能するように努力すればよいのだと、そういうふうなスタンスに変えました。

 私の場合それは、東京大学の合格を目指して努力を積み重ねることでした。東大を目指して勉強を積み重ねることを生きがいとして日々を過ごし、周囲の人間関係は、それをサポートしてくれる人との関わりを重視しました。また、それ以外については、集中して勉強することの妨げにならないように、そこそこ良好な関係を保つことを心がけました。

 

 それにより、以前のように、集団からあぶれないようにと周囲に合わせようとしたり、こいつ友達がいないのだと見下されないように上辺をとりつくろったり、そういう疲れることをしなくて済むようになり、精神的に安定して過ごせるようになりました。また、たとえ友達が少なくても、自分には東京大学という目標があるのだ、そう考えて勉強に集中することで、自分に自信を持って、充実した毎日を送れるようになりました。

 

 もちろん、この目標は、私がたまたま東京大学合格であっただけで、他の目標であってもいいわけですし、目標でなくて趣味やなにかでも、自分が生きがいを見出せるものであればなんでもよいのだと思います。

 

⑵コミュニケーション以前に、自立したひとりの人間であることをより重視する

  これは、コミュニケーション能力がどうのこうのと悩んだり、嘆いたりする前に、自分自身がしっかりすることが第一だという意味です。

 

 これは同時に、他人を羨んだり、誰かがなんとかしてくれるのを期待したりするのではなく、とにかく自分が解決するんだという気概をもつということです。

 

 私の大学での専攻は教育学でしたが、私は教育分野に広く行き渡っている、「周囲のサポートがあることが大切」「いかに困っている子に気づいて悩みを聞いてあげるかが大事」というような考え方が、あまり好きではありません。

 

 本当に困って、悩んでいる時、鬱々悶々と悶え苦しんでいる時、必ず誰かそばに支えになってくれる人がいる・・・そうとは限らないじゃないですか!

 少なくとも私の場合は、本当に悩んでどん底にいるときは心を閉ざしてしまい、周囲に人が寄り付かなくなってしまいます。だから、いくら辛くても、都合よく助けてくれる人なんてあらわれません。自分でなんとかして立ち上がるしかないんです!!

 

 人に言われたからとかではなく、まず自分でなんとかしたい、変わりたい、もっとよくなりたいと切望し、自分自信で試行錯誤して進んでいく。

 コミュニケーションがどうのという前に、自分が人として変わっていくんだという自立心をもつ。そういうことこそが大切なのではないかと思います。

 

 学校教育という環境は、そういう自分が強くなっていくんだという気持ちを後押してくれるような姿勢が足りないと思います。「道徳」や「思いやり」が大事だと、口で言うのは簡単ですが、本当にそれで本人が成長できるのかというところが疑問です。自分にできることをやって、自分でなんとかしていくしかない、そういう気持ちを応援して背中を押してくれることこそが、人を育てる上では重要だと、私は思うのですが。

 

 とにもかくにも、私にかぎっては、自分ができるやり方で、自分の力で変わっていく、そういう姿勢をもつことがその後の成長につながりました。それにより、結果的に人としての魅力や周囲からの評価が上がり、よい出会いも増えていったような気がします。

 

  

 以上、コミュニケーションを道具と捉えて他に生きがいを見つけること、人に頼らず自分で成長していくこと、と2つの自分を中心に据えたあり方を主張してきました。しかし、これらのことは、決して人と関わることの重要性を否定しているわけではありません。

 

 むしろ、その逆です。

 

 不思議なことですが、一人でしっかり生きて行く姿勢になると、むしろ他者のありがたさをひしひしと実感するようになります。なぜなら、人はやっぱりひとりでは生きられないことがわかるからです。

 独立した一個人として相手と関わっていくからこそ、あの人って本当にすごいなと感じたり、ほんのちょっとの気遣いが身にしみたり、この出会いがあって本当によかったなと感動したり、そういうことがどんどん生まれてくるような気がします。

 

〜一応つけておく実践ガイド〜

  最後に、一応実践ガイド的なものをつけておきたいと思います!

 これは、単純に、自分が人の文章や本を読んでいて、行動に移せるようなわかりやすいまとめがあると嬉しいと感じるからです!つまりは、完全な自己満足です(笑)

 

・コミュニケーションは、充実した人生を生きるための道具である

◇人に合わせたり、うわべをとりつくろったりすることに疲れていないでしょうか。もし、そうだとしたら、他に自分で取り組める生きがいを何か見つけることで、自分に自信を持って、落ち着た日々を過ごせると思います!

◇ささいな、人に好かれた、嫌われたなどの感情に動揺する毎日でしょうか。もしそうならば、その人間関係が自分にとって何の役立つのか、改めて考えなおし、本当に必要な関係をはっきりさせると良いかもしれません。

 

・コミュニケーション以前に、自立したひとりの人間であることをより重視する

◇もし悩んでいることがあったとしたら、小さなことでよいので、人と比べるのではなく、自分にできることは何かを考えてみるのがよいと思います。

◇人の助けが必要だとしたら、誰かに頼るのではなく、自分が成長するのに必要なことをアドバイスしてもらったり、背中を押してもらったりするという気持ちで、主体的に関わっていくとよい結果を得られると思います。また、助けを求めるときには、そのようなしっかりと力になってくれる人を厳選することが大切だと思います。

 

 

今回は以上となります。

コメントはいつでも歓迎しております!

ありがとうございました!